Better Better Days

テーマは「昨日の自分に教えたいこと」。ベタベタデイズ【BBD】がお送りします。

私も、これまでの人生では「挫折」を経験したことがない

f:id:rough-maker-an9:20180816103457j:plain

嫌われる勇気』の著者の1人で、アドラー心理学の第一人者として知られる岸見一郎さんは、『成功ではなく、幸福について語ろう』という本のなかで興味深いことを述べています。

いわく「私は人生で挫折したことはありません。」とのこと。その理由に激しく共感できたので、この気持ちをメモしたいと思います。

SPONSOR LINK

1.「私は人生で挫折したことはありません。」と断言する岸見さん

私は人生で挫折したことはありません。
もっと正確な言葉で表現すると、私は、「挫折」という言葉で自分の人生を振り返ったことがない、ということです。

嫌われる勇気』の著者の一人、岸見さんは『成功ではなく、幸福について語ろう』という本で上のように述べていました。「これまで挫折したことがない」って文章だけ切り取ると「なんてイヤミなやつなんだ」と思われるかもしれませんが、実はそうではありません。

岸見さん自身も、大学・大学院で留年したりお母様の死を経験したり、心筋梗塞で倒れたりしたことがあるそうです。でも、そうした出来事を挫折とは捉えていないんだとか。

要は、ポジティブ思考の一種とイメージするとわかりやすいでしょう。過去の出来事を挫折と考えるのではなく、貴重な経験の機会だった…と考えるわけです。過去の客観的な出来事(受験に失敗した)は変えることができませんが、主観的な意味づけ(でも、そのおかげで弱い立場の人間の気持ちを知った)は変えることができます。

岸見さんがいいたいのは、過去を「挫折」としてネガティブなものと捉えるのではなく、「いい経験だった!」と捉えようってことじゃないでしょうか。

2.その出来事を挫折と捉えるかどうか

同じ出来事でも、 それを挫折と捉えるか、捉えないかは人によって違います。私はそう捉えないのです。

たとえば、私も数々の「挫折的な」出来事を経験してきました。幼少時代に両親の離婚・再婚を経験していますし、一時期は児童相談所に保護されてほかの子どもたちと集団生活をしていた時期がありました。

幸いにも高校受験・大学受験で失敗したことはありませんでしたが、大学に入ってから恋愛関係のいざこざで精神疾患を抱えることになってしまった経験もあります。

こういう話(特に子ども時代の話)を人にすると、「大変だったね〜」と共感してもらえて、ときには手厚くもてなしてくれることもありました。でも、私自身は「大変なことだった」とは思ってないんですよね。

たしかに一般的な人生とはちょっと違う幼少時代を送っていたかもしれないけど、人とは違う経験の1つや2つ、だれにだってあるものです。

それに私にとっては、施設で集団生活していたときの記憶は、「普通の食事」を学ぶ絶好の機会でもありました。というのも当時の私は、「卵を焼いてご飯に乗せて、めんつゆとかケチャップで食べる」ってのが、当たり前の食生活だったからです。

施設で出してもらった食事を食べて、「普通は給食以外にこんなおいしい食べ物を口にするんだ」と知ったことは、後々一人暮らしして自炊する際に大いに影響を与えました。おそらくこの経験がなかったら、健康的な食生活とは無縁の暮らしを何十年も送っていたことでしょう。

3.「いま、ここ」の自分が、過去にどう意味づけするか

私の例の場合、人によっては「悲劇的なストーリー」として捉えるかもしれませんが、私にとっては「今の自分を構成する大切な思い出」の1つでしかありません。「挫折」というレッテルを貼るには、あまりにも違和感が大きいんですよね。

ここから学べるのは、『嫌われる勇気』で指摘されている次の考え方でしょう。

アドラーの目的論は「これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない」 といっているのです。自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ、と。
※『嫌われる勇気』より

私たちは、過去に縛られる存在ではなく、過去を変えていける存在です。そのことを腹の底から理解することができれば、たぶん「挫折」って言葉もこの世から消えるんじゃないですかね。

まずは自分の人生から「挫折」の2文字をなくすべく、過去の出来事への意味づけを見直してみてはいかがでしょうか。「どうやって意味づけを変えたらいいの?」って方は、『嫌われる勇気』を再読してくださいませ。

まとめ

以上、「これまでの人生で挫折を経験したことはない」って言葉について書いてきました。岸見さんのこの言葉に出会ったとき、「私の想いをこんなシンプルな文章で表現できるなんて!」と感動したものです。

20代前半の若い時期に、こんな素敵な考え方に触れることができたことを誇りにしたい、とも思ったのでした。